『われわれはなぜ嘘つきで自信過剰でお人好しなのか』を読んだ

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備忘録として面白かったポイントをまとめておく。

1. 「おばあちゃん」の存在が人類の繁栄を支えた

フィンランドのルター派協会には17世紀以降すべての出生・結婚・死亡記録のデータが残っている。分析研究から、非常に興味深い事実が分かっている。

女性が50歳を超えて(閉経後も)生き長らえている家庭では、2人目の孫が生まれるタイミングが早くなり、さらに孫の生存率も高くなるという傾向が見られたのだ。

多くの動物では、子どもを産めなくなった個体は淘汰されていく。しかし人間において「おばあちゃん」の存在は、娘の子育てを手助けし、孫の生存率を引き上げるという大きな進化上のメリットをもたらした。女性の寿命が閉経後も長く続くように進化したのは、この「おばあちゃん効果」があったからだと考えられる。

2. なぜ女性はパートナー選びに慎重で、男性は無茶をするのか?

男女の恋愛心理の違いも、生物学的な「初期投資(コスト)」の圧倒的な差から説明がつく。

本書ではわかりやすい例えが紹介されている。

退職後の貯蓄のためには必ず異性と共同口座を作る必要がある世界だとする。退職後はお金を均等に分け合えるが、男性が1ドル貯蓄するごとに、女性は100万ドル貯蓄しなければならない。

こんなルールがあれば、女性側は「誰と一緒に口座を作るか」を死ぬほど慎重に選ぶはずだ。

これと同じことが生物の生殖活動でも起きている。
女性が卵子を生成し、胎内で赤ちゃんを育て、出産後に授乳するために必要な生物的エネルギー(親の投資)は、男性が精子を提供するだけのエネルギーの100万倍以上といえる。一生で残せる子どもの数に制限がある女性がパートナー選びに極めて慎重になり、逆に男性が女性を求めて激しく競い合うのは、この「コストの非対称性」が原因だ。

さらに、異性から見える「魅力」はすべて相対的である。
たとえば1.5メートルの立派な尾羽を持つクジャクがいても、周りのオス全員が1.5メートルなら優位には立てない。そのため男性は、ライバルに勝つために危険な行動や目立つ挑戦をしがちになる。

生き残ることは生物の基本的な目標だが、サバンナ時代の人間は生存率が低く、長生きを目指すことよりも、より多くの子孫(自分の遺伝子)を残すことが優先されることがある。「命の危険を冒してなお生き残ってみせる」という行動は、女性に対して「自分は危険に耐えられるほど優秀な遺伝子を持っている」と証明するサインとなり、結果として理想のパートナーを得る確率を上げることにつながっていたのだ。

3. なぜ赤道に近づくほど「言語」や「宗教」が増えるのか?

人間はサバンナで生き残るため、仲間同士で協力する集団性(内集団の結束)を高めてきた。しかし同時に、感染症への対抗手段として「外の集団を嫌悪・排除する心理」も発達させた。

地球上では、赤道に近づく(熱帯地域になる)ほど、病原体や寄生虫の密度と種類が激増する。
未知の病原体を持つ外部の人間と接触することは、集団にとって全滅を意味する致死的なリスクだった。そのため熱帯地域の人類は、他の集団との交流を断ち、狭い地域内で独自の言語・宗教・ルールを固めて閉じこもるようになった。

世界中の言語や宗教の分布を見ると、赤道近くの地域ほど狭いエリアに膨大な数の言語や宗教が乱立している。これはまさに、病原体から身を守るために人間の本能がはたらいた結果と言える。

考察:「性暴力=男の本能」?

本書を通して、SNSなどで散見される「性暴力は子孫を残すための男の本能(生物学的戦略)」という言説はどこまで本当なのか、という疑問に答えが出た。結論としては、女性への加害は生物としておかしく、この言説は明確に間違いである。

人類の進化の歴史を紐解けば、男性の本能は「女性への加害」ではなく、むしろ「女性や子どもを命がけで保護し、長く添い遂げる方向」に強力に進化してきたことがわかる。その主な根拠は以下の4点。

  • 人間の赤ちゃんの未熟さと「ペア・ボンディング」の進化

ほかの動物と異なり、人間の赤ちゃんは頭が大きすぎるため、きわめて未熟で無力な状態で生まれてくる。一人立ちできるまでに何年もかかり、母親は授乳と育児に莫大なエネルギーを奪われる。

過酷なサバンナで母親一人で子どもを育てることは不可能だった。そのため人間の男性には、狩猟採集で得た食料を特定の母親に供給し続け、外敵から母子を守り抜く役割が求められた。
一回の交接で去るようなオスの子どもは生き残れず、「一人の女性と長く深い絆を結び、責任を持って育て上げる男性」の遺伝子が現代へと受け継がれてきた。

  • 集団からの追放という「致死的リスク」

人間は社会的な生き物である。集団内の女性に危害を加えたり強姦したりするオスは、女性の親族や他のオスの怒りを買い、リンチや集団追放という激しい報復を受けたはずだ。サバンナで集団から孤立することは「即、死」を意味した。自分の命を危険にさらしてまで加害行動に走ることは、遺伝子を残す「リスク対効果」の面で完全に破綻している。

  • 物理的な加害は受精率を下げる

暴行などによって強いストレスや身体的ダメージを受けた女性は、ホルモンバランスが乱れて妊娠率が大幅に低下する。本当に自分の子孫を残すことが目的ならば、相手に危害を加えることは生物学的にまったく逆効果である。

  • 本能ではなく悪質な副産物(バグ)

現代の進化心理学における見解では、性暴力は『子孫を残すための本能』などではなく、他者を支配・攻撃しようとする心理が、社会的規範の欠如や力関係の不均衡(権力勾配)と結びついたときに発生する『悪質な副産物(バグ)』であると定義されている。


「男の本能だから仕方ない」という主張は、生物学的な事実に基づくものではなく、単なる加害者の自己正当化、自己欺瞞に過ぎない。